世界で最初の銀行、日本で最初の銀行


世界で最初の銀行、日本で最初の銀行_アイキャッチ
お金の預け先・運用先としてもっとも身近な銀行ですが、現在のような形態とサービスを提供するようになったのは、ごく最近の話であり、それまでは限られた範囲での業務しかおこなっていませんでした。
現在のような銀行が成立するまでには、どのような出来事があったのでしょうか。また日本ではどのようにして現在の銀行制度が成立したのでしょうか。
今回は、世界と日本の銀行の成り立ちについて見てみましょう。

両替商とから発達した銀行制度

現在の銀行制度の起源とされているのが、両替とそれに関する金融業務をおこなっていた「両替商」です。
ハムラビ法典に商人の貸借についての規定を詳細に記述されていたように、古代から高度な金融取引・契約はいくつも存在していたと考えられています。
一方でヨーロッパ圏を中心として貨幣の取り扱いや貸借に宗教上の禁忌が存在する社会もあり、ユダヤ・キリスト・イスラム教では原則として利息を取る貸付は禁止され、融資や貸借は原則として無利子とされるなど、社会制度や宗教に大きく左右されていました。

現在のように高度な貸付・投資機能が発達したのは中世イタリアのヴェネツィアやジェノヴァ、フィレンツェでの商取引がきっかけとなります。
航海技術の発達などにより遠隔地交易が発達したことで信用による売掛・買掛売買が発達し、有力商人が小口商人や船乗りの決済を代行することから、荷為替や小口融資がはじまりました。
中世イタリアのジェノバ共和国議会は、国債の元利支払のための税収を投資家の組成するシンジケート(Compera)に預けるようになり、このシンジケートを母体として設立されたサン・ジョルジョ銀行がヨーロッパ最古の銀行と言われています。
15世紀ごろにはイングランドの劇作家であるウィリアム・シェイクスピアの「ベニスの商人」で知られるユダヤ教のユダヤ人金融が隆盛を極めたものの、15世紀後半には次第に衰退していきます。
ヨーロッパ圏を中心として商人の経済活動が高度化する中で金融活動に特化する商人も登場しはじめます。
イギリスでは交易商人たちが次第に金融に特化することで伝統的な業務である手形引受および証券の発行・引受のほかに、預金受入、貸付、投資顧問、リース、企業の合併・買収の仲介などをおこなう「マーチャントバンク」が生まれました。
マーチャントバンクを原型として現在のような銀行が成立し、その利便性の高さから世界中へと普及することで、19世紀イギリスは世界の覇権を握ることとなったのです。

両替商から豪商、商業銀行へと転換していった日本の銀行制度

日本でも安定した貨幣制度が成立した江戸時代に入ると職業としての両替商が成立し、一部の両替商は大商人の大名貸しなど融資業や決済代行業務を請け負うことで大きな権勢をふるうこととなります。明治時代になると、積極的な西洋化の流れの中で金融システムにも大変革が迫られることとなりました。明治4年(1871年)にはそれまでの貨幣制度を改めた「新貨条例」が公布され、現在の円を中心とする貨幣制度が整えられます。その中心となったのが江戸時代から両替商として大きな勢力を誇っていた三井組です。三井組は新貨条例の公布と同年に「為換座三井組」を設立して東京や大阪をはじめとする6都市で1両を1円とする交換業務をはじめました。明治6年(1873年)には、三井組と両替商の小野組が組んで日本初の銀行「第一国立銀行」が発足し、日本ではじめて近代的な銀行制度が成立したのです。
その後、日清・日露戦争から失われた20年まで様々な紆余曲折こそあったものの、現在でもの経済大国の地位を支える大きな役割を果たしています。

おわりに

商取引の仕組みの発達と合わせて、現在のような精緻で複雑な銀行制度は成立し、世界中に拡散することとなりました。
日本では江戸時代の両替商がそのままスライドする形で成立した銀行制度は、日本経済を支える重要な役割を果たしていると言えます。

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